兼城獅子舞で疫病退散!

今年度の記念Tシャツはコロナ禍における疫病退散の願いを込め、兼城獅子舞をモチーフとしたデザインとなります。今回は、記念Tシャツのデザインとなる兼城獅子舞の由来や特徴について紹介していきます。

※Tシャツデザインは現在調整中です。

 

兼城獅子舞の由来

および特徴について

 

由来

 琉球王朝時代の兼城(久米島町の字兼城)は、伊敷索(チナハ)の城下にあり、唐や南蛮の国々からの来航船の中継地として開けた集落であった。そのため、兼城に伝わる芸能には中国の影響を受けたものと思われるのが幾つかある。

 獅子舞もその中の一つで、2百数十年前、当時疫病が蔓延したため、集落の災厄や疫病を追い払い、五穀豊穣を願い始まったと言い伝えられている。

 毎年旧暦8月15日夜にヌンドゥンチ(ノロ殿内)、カミヤー(神屋)で奉納舞を行った後、港や集落に通づる辻で舞う。以前は各家庭も一軒一軒訪れ舞っていたが、現在の時代の変化、生活様式の多様化により廃止となった。

※写真中央が獅子舞、その両脇にハチブロー

 獅子舞は五穀豊穣、厄除けなど地域の繁栄をもたらす行事としていることから以前は門外不出の芸能となっていたが現在は後継者育成、芸能保存の立場から島内外の芸能まつりでも披露 するようになった。

 

特徴

音曲(海ヤカラ)に合わせてドラや太鼓が打ちならされ、最初は美女が優雅に舞う。美女の踊りに魅せられた「ハチブロー」(ハッチヤブローとも言う)と呼ばれる二人のハチブローが登場、洞窟の中から獅子を誘い出し一緒に踊る。獅子とハチブローは曲に合わせ、時には激しく、時には優しく舞う。

 獅子の舞、ハチブローの踊り方には決まった型はなく、地謡に合わせて舞手の個性を生かした即興的な踊りとなっている。